プロローグ  消えない謎

栃木県芳賀郡市貝町にある山林で1999年12月5日、男性の惨殺死体が発見された。死体は栃木県黒羽町で理髪店を営む須藤光男さんと洋子さんの長男で、日産自動車栃木工場に勤める正和君だった。
正和君は当時19歳。殺害の容疑者とし逮捕されたのは4人の少年だった。うち3人は、いずれも被害者と同じ19歳の少年で、一人は16歳の高校生だった。正和君は、殺害されるまでの約2ヶ月間、犯人たちに監禁され、カネを脅しとられつづけた。手口は、正和君にサラ金や友人にカネを借りさせるという卑劣なものだ。金額は728万3000円。すべては犯人グループの「飲み食いと遊ぶカネ」に消えた。
監禁生活は筆舌にしがたい、凄惨なリンチの連続だった。少年らは、殺害した正和君を山林に埋め、さまざまな証拠隠滅をしたあげく、「15年逃げきれば時効になる」とビールで乾杯までしたという。
だが、犯人グループのうちの一人が警視庁に自首したため「15年逃げきる」という彼らの思惑は打ち砕かれ、遺体発見の日に犯人グループ全員が逮捕された。
自首した高校生は少年院送致の保護処分となったが、残りの3人は刑事処分となった。2000年3月14日に宇都宮地方裁判所で、殺人・死体遺棄事件として公判が始まり、6月1日には主犯格には無期懲役、7月18日には残りの2人にそれぞれ無期懲役、5年から10年の不定期刑が、いずれも求刑どおりに言い渡された。このうち主犯格は、この判決を不服として控訴したが、東京高等裁判所は2001年1月29日に控訴を棄却し、一審・地裁の判決を支持した。そして、2月13日には上告の期限が切れ全員の刑が確定したのである。

―中略―

警察はなぜ動かなかったのか――。
このテーマが私と須藤家に共通のものであることはまちがいなかった。
前著『警察はなぜ堕落したのか』上梓後も、報道や公判などを通じて新たな事実がつぎつぎとあきらかになったが、「謎」は解明されるどころか、ますます深まるばかりだった。
実は、「動かなかった」と言われた栃木県警も、正和君が連れまわされていた2ヶ月もの間、まったく無関心でいたわけではなかったことが、その後の取材で判明した。警察は、一部の関係者から情報を吸い上げていたのである。
それなのに、なぜか、まったく捜査に着手しなかった。
犯人グーループの一人が自首しなければ、「15年は逃げきってやろう」とうそぶいたとおり、事件は永久に冷たい土の中にうもれていたかもしれないのだ。
栃木県警に「なにかの都合」があったであろうことは、元警察官の私には容易に想像できた。それがいったいなんなのかを、私はどうしても解明しなければならなかった。
私は一人の人間として、凶悪な犯罪を風化させたくなかった。そして、元警察官として、動かなかった警察の「なぜ」に迫りたかった。  私は犯人グループ全員の捜査段階での供述調書など膨大な関係資料を入手し、読破する事からはじめた。さらに関係者への取材を進めるうちに、真実であると信ずるに足りる一つの仮説にたどりついた。本稿は、その過程をたどったものだ。
第1部では、供述調書などの資料をもとに、事件を客観的に再現した。そのうちの多くの部分がきわめて惨たらしい犯行の描写である。しかし、この陰惨さから目をそむけないことが、この事件を知るうえで第一歩となる。そう私は信じたのだ。
第2部では、関係各所への取材を通して浮かびあがった事実をもとに、私の推理を展開した。この推理の意義については、読者の判断にゆだねたい。
なお、文中の敬称、呼称は省略させていただいた。
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皆様方から貴重なご意見を賜ってきた「栃木リンチ殺人事件」の掲示板ですが、このたび一定の成果を確認し閉鎖することにいたしました。多くの方々に真面目に議論していただいたこと、心より感謝申し上げます。
なお、19歳という若さで殺害された須藤正和さん、そして、心労の末に病に倒れた母、洋子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
父、光男さんは今も闘っています。今後ともご支援のほど宜しくお願い致します。